ひょんなことからライティングのお仕事をいただけることになり、今日ははじめて労働として記事を書きました。それで気付いたのは、私がいかに普段適当なことを垂れ流しているのかということです。
普段ここで垂れ流しているものの何倍も気を使って書きました。ライターの人はすごい、さらに顔を出して記事を書いてる人は本当にすごいと思いました。私なんか顔も出してりゃ尻も出してるのに、その重みを感じたことなど一度もないのです。私は赤子でした。
今日の私は脳みそのフルマラソン状態です。42.195kmの道のり、それはもう凄まじい疲労。
ただ、フルマラソンと違うのは、今日私が寸分も動いていないということです。正直に言うと少しは動きました。
環境を変えた方が良いかと思いはじめてコワーキングスペースへ行ったのです。
たくさんの人が作業をしていました。
静寂のなかでパソコンを叩く音だけが木霊します。
そうなると、私はただただこんな妄想を繰り広げるしかないのです。
いま、おっぱいって叫んだらどうなるんだろう
たぶん人々は何も言わずに作業を続けるでしょう。そんな空気でした。私がおもむろに懐からコロッケを取り出して耳を暖めようとその空気は変わらない、そんな予感がしました。
そうなると、私の叫びはただただ部屋の壁紙へ吸収されていくのです。壁紙があってよかったなと思いました。壁紙の一番大事な役割は私の「おっぱい」という雄叫びを吸収することだと思いました。
ただ、まだ私は雄叫んでないので、彼らは役目を終えていません。あの部屋でまだ待っているかもしれません。
私の雄叫びを待ち望んでいるかもしれません。
「今日もまた、静かなる静寂を吸収するだけの一日だったな…はぁ…」
って静かにため息をついているかもしれません。
皆さんの部屋の壁紙はどうでしょうか?
私の部屋の壁紙はたくさんの音を吸収しています。この間は深夜に尻を叩きながら歌ってたんでたぶんすごい吸収してました。
そんなこんなで、今日は壁紙の役割について再確認する一日でした。
《おしまい》